宮武史郎展 3月11日(土) - 22日(水)
今年最初の企画展は宮武史郎 彫刻展 "すくう" です。

本日、日暮れ前に撮影した展覧会案内用の新作彫刻。渇き枯れ果てた木に、生々しく命をもたせています。

人形劇団員でもある宮武史郎は国内外で数多くの公演をしながら、その旅の途中で素材となる木や、あるいはその他の物質を拾い集めます。幾つもの海や砂浜から掬われたそれらは、必然的で無二の形を宿しています。

人形を操り、人形製作をする彼は常に"生命を宿すもの"として物との対話をしているように思います。

彫刻家としてではなく、普段から人形が傍にいることで、慈しみ、ゆっくりとあたえるように、産みだされた作品は、彫刻や彫像と呼ぶには、また違う処にあるものかもしれません。


二度目となる今回の題は「すくう」。
第一回の「いただく」から"二部作"となるような展覧会となりそうです。

"いただく"は、自分に与えられたものを、頂戴するという受動的な言葉に対して、"すくう"は、自ら拾いあげる、掬う(救う)という能動的な言葉です。
相反するような言葉が選ばれた、その意味は、おそらく作品にも表れていることと思います。

彼は、素材を与えられた (いただいている・いただきます)
彼が、素材をすくう (すくいだす・拾い上げる)

素材(木を中心とした,石,鉄,草花などの漂流物/落下物を主とした物質)



"すくう"というのは、目下にあるものをイメージします。細かな粒、水の中、豆の類…
とても小さくて、掴んでも、つかみきれないような、儚さがその言葉に漂っています。

そして、(すくう)は、現在の自分の仕事との繋がりの強さを感じます。それはまた、展覧会の葉書の文章でもふれたいと、思っています。









焦げや油沁みと緻密な貫入が絡まり生み出した複雑な景色。狐色に変わった灰釉は見応えがあります。

薄造りで細い高台がある為、元々は灯明皿ではないかもしれませんが、普通の食器としての使用では、ここまでの沁みた姿にはならないような気がします。何らかの受け皿か、食器以外の道具としての器だったか。

縁には薄く鉄釉を重ねた跡も見られます。









瀬戸無地六寸皿 江戸後期頃 17,8cm径 3,8cm高 売約済み










長石を含んだ煉瓦色の肌合いが魅力的な古信楽大壺。
紐土を巻き上げた紐作り成形が、胴に豊かな痕跡を残しています。

大きな窯変で灰を受けてたっぷり自然釉の掛かった壺も、素晴らしいですが、火色の美しさと枯れた味わいが同居するこの姿は、豪快でありながらも、派手さの無い落ち着きがあります。

中世の信楽壺が、六古窯の中でも特に昔か
ら人気が高く、代表格として君臨するのは、自然と共にあるようなこの土が、豊かな季節感を思い起こさせて、日本人である意識へと響くからかもしれません。

多くの人々(世界も含めて)を魅了してきた古信楽壺。現代の店の空間でも、西洋や東洋の器や民藝品と並んでも、しっくりと馴染んでくれています。

この仄かな紅みに、春を思い待ちます。





古信楽大壺 室町 35cm高 売約済み













碁石を容れたという根来の蓋物に、似合う花を探して、農協や花屋に園芸屋と沢山廻って、理想の白侘助がやっとありました。

葉の大きさや艶の具合、蕾の開き方、枝ぶり、虫喰い… 皆違う花。
頭の中にある、(形)を生き物で探すのだから、到底それは無理なこと。
それでも、惹かれ合うような、"いれもの"と花の相性はあるでしょう。


椿の種類は1000種以上、この花を見つけた園芸屋さんは、盛期は200種以上を置いたと言います。茶花について色々教えてくださいました。


蓋にも亀裂が入り、器も欠けている根来。
朽ちてうまれた自然な姿。力強い。


根来筒型蓋物 江戸期










現在webのトップにある白薩摩香炉。
蓋を外してフランスや灰釉の器類と並べてみました。
(金属蓋は後年に製作されたものですが、非常に良い出来です)

用途を限定して単体で眺めるのも美しいのですが、
場所や隣り合うものとの関係で、別の姿が浮かび上がるようです。
この香炉も拡がりと幅のある器と感じています。

ここでは隣にある灰釉の器を紹介します。






無地灰釉小皿 明治頃 10.5cm~11cm径 2.2cm高 売約済み

焼成加減で色の出方がグラデーションのように様々です。
瀬戸か或いは信楽か、、不明ですが関西で見つけたもの。
各地民窯でもこんな無地灰釉の素朴な器を沢山つくっていたと思います。
よく出てくる瀬戸の豆皿より大きめです。







無地瀬戸灰釉碗 大正−昭和頃  売約済み

手取りもずしりと重量あり、土は厚くころんとしたボウルのような碗。
灰釉の色味も味わいがあり底も変わっていて不思議な印象。コーヒー、お茶など普段使いに合いそうです。







※定員に達しましたので受付を終了いたします。ありがとうございます。


来月2月15日、"cd shop songs"にて店主鬼頭氏と対談をいたします。
内容は「永遠と瞬間」という主題に基づいた選曲を中心として、皆さんの前でお話をします。

プロの選曲家でも音楽家でもない、僕が音楽のお話をするのは大変恐縮で、特殊な企画になりますが、旧い仲でもある鬼頭さんからのご提案で、この新しい試みを愉しみながらお引受けしたいと思いました。

古道具や工芸品(或いはartistによる作品)を扱うこの仕事の傍ら、ゆるやかに音楽活動を続けてきました。
そういった経緯もあって、これまでに音楽との結びつきが強い展覧会、企画展、そして演奏会を開催してきました。物が、空間との調和により見立てられ、真価を発揮するように、音楽もまた、物や空間(人物や生物)に反応して、変現しながら聴こえるものかもしれません。

例えば、彫刻が並ぶ、蝋燭だけの薄明かりの中で中世の古楽器、クラヴィコードの演奏されたある冬の夜。繊細過ぎるほどの微かな音色は、空間、灯、その彫刻との、すべての合奏であったかのように。

例えば、十二月の大雪の晩に、民家の畳の上で、ぎゅうぎゅうに人が集まり、モノクロームの何処とも判らない美しい風景が投影される中に、響いた電子音とオルガンのドローン。

どちらも時空を超えた音を体感して、記憶に残りました。 何かひとつが異なっていても、違う音に聴こえたと思います。

音楽は、自由に好きなものを聴けたら幸せですが、場所によって制限や制約があったりすることが、よりその場に相応しい音を鳴らしている場合がある気がします。



よく考えて、続きは2月15日にお話します。



『永遠と瞬間』

2017年2月15日(水)
場所/cd shop songs
時間/20:00-22:00
料金/¥2,000(パンとスープ付き)
飲食/円居
出演/本田慶一郎(「本田」)、鬼頭黎樹(songs)
定員/15名
※予約制

定員に達しましたので受付を終了いたします。ありがとうございます。1/23


この日のパンとスープを提供してくれるのは長良の円居さんです。
説明不要の人気店、美味しいパンと食事を求めて、たえず人が訪れ、遠方からも多くの方がいらっしゃっています。

そして円居の門脇さんは、僕より僕の音楽を知っている人かもしれません。
その理由も当日に。今回のような企画への出店は貴重な機会かと思います。
ぜひ併せてお楽しみください。


因みに写真はmaher shalal hash bazのイギリスツアーに参加した際に、車窓から写した風景。All Tomorrow's Partiesの開催される、マインヘッドという街へ行く途中(ロンドンから西へ数百キロ)。この世と違う遠いどこかみたい。










斑雪に染まった金華山は、いつもより大きな存在感を放って、うごめく獣の背中、野生の毛並のようでした。これは、怒らしてはいけない。みたいな。
自然は輝かしくも怖いのです。

写真は、自宅から店までの通勤途中の風景。毎日、山を眺め橋を渡ります。
歩けば1時間もかからない距離なので、今年は歩いて沢山通いたいと思います。身体のためと、頭の体操にも。歩くことで、普段の気づきも、より多く訪れるように感じます。
力を抜いて、歩き方から考えたり。



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湖面に浮かぶ白鳥。
余白は雪降る白銀の世界に見立てて。
"動"から"静"へと流れ落ち着く、厳しい寒さの時期に、白鳥図が重なります。

そして今年は酉年ということで、数種の鳥のデルフトタイルを店内に飾りました。
数多あるデルフトタイルですが、季節や行事にも合わせて飾る絵を選ぶと、また奥行きが増して楽しめそうです。


デルフトタイル 白鳥図 17世紀 13,2cm














厚く黒釉の掛かった大振りの徳利。
まるで西洋のボトルや古いガラス瓶を写したような形状。

すっきりとした姿は、用途の為に意図的に生み出されたものなのか。
艶のある黒さでこんな瓶形だと、遠目に見ると、ほんとにオニオンボトル等の西欧ガラスの類みたいです。

先日の四国仕入れのものですが、細かく灰白色の素地は美濃か瀬戸産ではないかと思っています。
そしてこの黒々とした黒は、天目釉のように自然発生的に生まれた黒ではなく、意図して生み出された黒。以前紹介した漆黒釉と同じなのですが、敢えてこの黒さは単純に黒釉と呼びたい潔い黒です。
また、漆黒釉も江戸中期以降は各窯業地で製産されており、一概に産地を特定することも難しそうです。

見た目よりも軽く薄造り、その陶工の技量に関心します。
花器にも良いですが、そのまま置いて、凛とした佇まいを愉しみたい瓶です。


※追記
その後、土佐の尾戸焼(能茶山焼)ではないかと、古民藝に詳しい方より教えていただきました。仕入れ地(四国内で土佐にも近い場所)や形状と資料から推測して間違いなさそうです。ちなみに、尾戸焼と思われる別の焼物も、後日改めて紹介できればと思います。失礼しました。 1/18









黒釉徳利 幕末頃 27.5cm高 売約済み











地元の呉須絵陶器、太白手はこれまでにも猪口や皿に鉢類と幾つか紹介しました。
土物に素朴な絵柄は、やっぱり落ち着く。普段使いに良いのです。

中でも、今回のような小さな豆皿はおそらく数の少ないものでしょう。
高台も安定していて、適度な深み。平盃にも使えそうな寸法です。

柔らかな陶土ゆえに完器で残っていることは希少。
形と柄が良くても、大きな直しや疵の多さで諦めることも多々あります。
加えて、微妙で絶妙な筆運びの好みの絵柄を探すので、また数は絞られて。

この三種の柄は梅花、唐草、網文様。
小さな見込みの中に、バランス良く描かれて心地よいリズムを生み出しています。
網文様は奇跡的に無傷。
他の二枚も高台には疵もなく許容の範囲内かと思います。
梅花はこの季節にも似合い、ほっこりと。かわいい。





瀬戸太白手豆皿(平盃) 18世紀末~19世紀中 径8,2cm~9,5cm 全て売約済み











民窯白磁皿。
瀬戸焼や伊万里焼とも土や質感の異なる白磁皿。
香川県の海沿いで仕入れた品ですが、青白く、縁もエッジの効いた
丁寧な造りで、清廉な雰囲気が漂っています。

砥部焼でもなく。
やきものに詳しい常連のお客様によると兵庫県出石焼の可能性もあるとのこと。
出石焼は花細工物、紋様のあるものが多いようですが、純白磁器の評価は高く、
日用品も製産していたようです。

白磁も多様に存在し、見極めは困難ですが、見慣れない白磁を手にすると嬉しくもあります。
緊張感のある繊細な薄造りは、和菓子などを引き立ててくれそうです。
縁の幅、高台造りと微妙なたわみに古さのある肌合い。
ちょっとしたことですが、ありそうでない白磁皿だと思います。

10客あり、すべてが無傷です。
江戸期の木箱に仕舞われて大事に保管されていました。
名もないながらも美しきもの。あと、どれだけ出会えるでしょう。
探して受け継ぐこと。
これからのことを思いつつ、今年も頑張りたいです。











民窯白磁皿 幕末~明治 11,7cm×1,5cm 10客あり 無傷













すべて売約済み

吉田次朗さんのリム皿、取皿、板皿(陶板)が入荷しています。昨年個展以来に久々の入荷です。吉田さんの作品は店頭販売のみです。数量に限りがありますが、ぜひお手に取ってご覧ください。

最初に僕自身が購入したオブジェや板皿も、はや十年近く経とうとしています。

デビューした当時から現代陶芸の世界で話題となった吉田さんですが、現在その人気は更に加速して世間一般へと広まりつつあるようです。
それでも、全く何も変わらない吉田さん自身や人柄は、作品にそのまま表れています。

彼からお祝いにいただいたモビールは宝物。玄関に飾り、いつもふわふわと揺れています。








鶴と稲束文様ころ茶碗 江戸後期 伊万里或いは砥部 売約済み


謹賀新年
本年もよろしくお願いいたします。

年末年始の帰省中に砥部にて出合った、おめでたい鶴と稲束文様の碗。
柔らかに描かれた鶴を、つつむようなころ碗形。
酉年にふさわしいもの、和の心。ほっとするような穏やかな気持ちにさせてくれます。

新入荷も並べて、1月7日(土)より営業いたします。




砥部鶏型香合 売約済み

2016年のはじまりは、猿の香合をこちらで紹介しました。
良い職人がつくったことのわかる色絵で、すごい迫力と存在感があり
お猿さんの顔も、よく覚えています。
古いものや古美術に興味がなくとも、おそらく誰もが気迫を感じるような。
お猿さんの台座の三宝もぴったりで、本当に可愛かったのです。

この鶏型香合は、大晦日の昨年最後の仕入れの日に、ご縁があり来てくれたもの。
あの猿ほどの力はありませんが、細かい型の造りで、表情や毛並みも綺麗に出ています。
鶏冠の燻んだ色味と、眼が気に入ってます。

新年は干支の香合。
気張らずとも、一周続けられたら面白そうです。










手吹きのグラヴィール片口硝子。
彫られた文字は、喫茶店の屋号とか、かな?と無意識に思い込んでいましたが、恥ずかしながらまったく違いました。

"写真用専用"とあります。
現像液を配合する過程などで使用したのか、上右には「no3」とも。
かなり薄造りで、画像では写っていませんが、気泡や沢山の線があり、大きく揺らめいています。

用途が解ると、不思議と愛着が湧いてきます。過去に、この硝子がどんな働きをしていたのか、この文字がそれを証明していて想像をできるのが、何とも興味深く、嬉しいこと。

今、使うならやっぱり片口として、そして、酒器になりましょうか。
繊細な薄造りの硝子から注ぐのは、きっと美味しい。


文字が示す確かな用途と古き時代。
その数文字で、意識が旅をする。
片口の無駄のない造形に、アクセントが効いて、とても豊かでユーモアのあるものになっている。












江戸時代、鉄製雪洞(ぼんぼり)手燭の傘。
本来は手燭に被せるように、逆向きに使用して、和紙を貼り、面取りの六角の中に灯がゆらめいている状態。

時を経て錆び朽ちて、細い鉄が更にか細くなると、線が一段と強調されて浮かび上がる。


この向きで置いて眺めると、西欧の、カトリックの木枠を台座としたマネキン(人形)を連想しました。

木枠人形は、その下部の木枠にスカートが巻かれたり衣装が着せられ、いろいろな布を纏ったものですが、布の無い木枠のままでも、ある意味完結したような、美が漂っています。

この手燭の傘も、この状態から紙を貼り囲われて灯を守り、用途を成してきたものですが、傘だけ独立して、こう置いてみると、もう他に何も足すものが無い気もします。

六本の鉄の直線は、朽ちて細くなっていたり、太い箇所が残されていたり、微妙にゆれながらも、ぎりぎりのところで、この用途に忠実な形を未だに保っています。

物に、勇気を貰ったというか、評価や理屈ではなく、厳しく刺激的なよいものと出会えたと思えました。
喝をいれてもらったようで、初心を忘れず。








鉄製手燭傘 江戸期 売約済み









寒川義雄展

無事に終了いたしました。
会期延長にもお喜びいただき、何度も訪ねてくださった方もおられ、
最終日まで、本当にありがとうございました。



寒川義雄 初窯の鉢

初窯の表情は、煉瓦に含まれた湿度や様々な条件が重なり、一度きりのようです。
分厚く、 流れて溜まった自然釉は、今、湧き出た水のように清らかな印象。
この鉢は、最後の追加の際に、寒川さんが特別に同梱してくださいました。
衝動的な力強さや、はじめての瑞々しさを。
戻ることのできない場所で、今尚、そのときを伝え続けてくれているように思いました。





そして、展示変えを終えて現在は常設です。展示途中の風景。
大きな什器移動の為に、ドアを取り外して搬入したり、
店内の雰囲気が、すこし変わったかもしれません。
年内は27日(火)まで。静かに開けています。











会期を延長して開催中の寒川義雄展。
本日午後(12月3日土曜)、今展2回目の追加の焼物が届きました。

薪窯焼成のものを中心に、鉢、皿、猪口など新たにたくさん並んでいます。
まだ展示をご覧いただいてない方にも、再度訪れてくださる方にも楽しめる、十分な数量と種類が揃っています。


薪窯焼成の小碗 左


薪窯焼成の猪口


寒川義雄展 12月7日(水)まで開催
最後までどうぞよろしくお願いします。









寒川義雄展

開催8日目。連日たくさんの方にご来店いただき本当に感謝しております。

想像を上回る点数と種類の多さに、一度見ただけでは把握できないと、
本日も二度目のご来店の方も何組かおられました。

1年程前から製作のアイデアを出し合い、形にしてくださった新作の焼物も含めて
色々と並んでおり個人的にも、とても感慨深い展覧会です。
そこで、是非この機会に多くの方にご覧いただきたく、会期延長を決定いたしました。
11月30日までの予定でしたが、12月7日(水)まで一週間、延長いたします。


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寒川さんから、合言葉は"温故知新"で、と。
僕は古いものも扱えば、新しいものも扱います。
頭の中で、新旧の線引きはしないようにとおもえど、
カタクなった頭では肩書きばかりに捉われて偏ることも沢山あります。
一体、そのモノの何処を見て、何を感じているのだろう。
見えていないことがある。いや、そんなことばかり。
時々、分からなくなります。
素直に見つめることは単純なことのようで、難しく、それは真理のようであり、曲がりくねった道を迷子になりながら居場所を探し続けるのかもしれません。

故きを温ねて新しきを知る
あらたなる扉を開くための、第一歩の試み。
初心にかえり、素直に、身を委ねて。

使いこまれた古い器から声をきいて、今またどのように形づくるのか。
寒川さんの答えは器に集約されています。

未完成の形に、今を生きる美しさが宿っています。

次はどうなるのかと、もう楽しみになりつつ。







寒川義雄 薪窯による焼物











寒川義雄展 初日,二日目を終え沢山のご来店ありがとうございました。
寒川さんの展覧会において、最多と思われる600点に迫る焼物が並びました。






堅手陶板




薪窯焼成の飯碗各種

今展のDM表紙は飯碗。寒川さんの魅力が凝縮した、作品の中でもとくに力が入っていることの伝わる食器です。これまで出品されていなかったという秘蔵の飯碗を含め、色も形も多様な碗が揃いました。




堅手七寸平皿

古色あるこのお皿は、磁器土と陶土を混合した硬手の七寸平皿。黒い色の貫入は、焼成の途中に防火服を着込み、焼物を"引き出し"てから更に籾山などで燻すことで、そこへ土と釉薬の収縮率の違いにより煙(炭素)が入り込んで生み出された自然な貫入の表情です。全体は中性炎焼成で仄かな淡紅色を呈しています。

尖ったような厳しい立ち上がりのリム皿は、西欧ピューター皿や江戸期の珉平焼平皿などを参考として寒川さんが今回初挑戦してくれた新しい形です。ごく微妙なリム幅や僅かな角度を研究して繰り返し轆轤を挽き、寒川さんがいまも追求し続けています








広島土の器

寒川さんが自らで掘り出した、広島の原土を練り上げてうまれた枇杷色の器たち。その色味は幕末頃の瀬戸,美濃の雑器類を彷彿とさせ、どこか身近に感じて今回届いた寒川さんの焼物の中でも、特に店の雰囲気と調和しているのかと思います。

日用雑器の高麗李朝、瀬戸の石皿などへの憧憬。寒川さんは地元を土を使い、その土地ならではの焼物を生み出されています。


"引き出し"により燻された広島土の湯吞


11月23日(水)午後頃には追加の器も届く予定です。
寒川義雄展は11月30日まで。









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寒川義雄 飯碗

exhibitionページでは既に公開しておりますが、こちらでも改めてお知らせいたします。


寒川義雄展
2016.11.19 sat – 30 wed

作家在廊日 | 11月19日(土)、20日(日)
会期中休業日 |11月24日(木)

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【CAFE DE hanae 限定出張喫茶】
◎19日(土) 11時〜17時 ◎20日(日) 11時〜16時

広島県のCAFE DE hanaeさんによる出張喫茶を開催いたします。
自家焙煎のコーヒーを、寒川さんの器で召し上がっていただけます。コーヒー豆、 焼き菓子の販売も致します。
※ご予約は不要です。 なお、焼き菓子は無くなり次第販売終了とさせていただきます。

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無骨で飾らない男らしい姿のようで、
実はユーモアを備えて、可愛らしくもあり。

寒川さんの焼き物は薪窯による焼成の器や、茶碗の厳しく削り出された高台には、
ぎりぎりを行き真剣勝負を貫く武士のような潔ささえ感じることもあります。
しかし反面、線の細い、どこか女性的で、はかなさがふと漂うことも。
それは自己を抑制しつつ、使い手の立場を思いながら、適度にスパイスを効かせたバランス感覚に長けた人の生み出した器。
我が家の食卓で、強い味の付いた古陶磁の中に置いても負けず紛れず、控えめながらも、
じわじわと、いつ間にか馴染んでいるのです。

この春、改修された寒川さんの工房には、障子越しの柔らかい光が落ちるという。
その、とても静かな場所では、どれだけ轆轤を挽いても時間をわすれるほどかもしれない。


とある日、寒川さんと食事をしていると渥美清の話になり、彼のことが好きで、以下の言葉が心に残っていると教えてくれました。

"何が何だか分かんないんだけど、「何してた人だろう。これやる前、泥棒かなんかやってたんじゃねぇかなぁ」って 感じがするような人がオモロイねぇ。" ― 中略 「渥美清の伝言」より

経歴や年齢も、何もかも明かさずとも、秘密や謎めいて、簡単には理解なんて出来ないくらいの方が面白い。語らずとも、触れれば、瞬時に伝わるように。
僕にはそんな風に聞こえて、共感したのでした。

寒川義雄の焼き物も、岩のように無骨で飾らず力強く、風が吹いたように、はかなくあやういようでもある。何が何だか分からないけど、オモロイ。
実際、まだ僕も寒川さんのことは深くは知らず、これからもお互いに過去に「何してた人だろう」と考えるだけで、語らぬままに付き合い続けるのかもしれません。


最後に。今展では、僕の持っている西欧や日本の古い器を手渡し、それを参考に新たな作品にも挑んでくださいました。漆黒に近い紺の釉薬、研ぎ澄まされた皿のかたち。

寒川義雄さんの本田での初個展です。ぜひお立ち会いください。


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寒川義雄 陶板、猪口
角盆 李朝







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江戸後期〜明治頃まで美濃漆黒釉の焼物。

冬になる頃に紹介できればと今年の初め頃から美濃窯の漆黒釉を探していましたが、
簡単に見つかるものでもなく、数は集まっていませんが本日公開しました。
独自の光沢を放つ漆黒の釉調、器形も気に入ったものを集めました。

以下、岐阜県陶磁資料館図録「美濃漆黒釉のやきもの」によれば、
漆黒釉は、基本的にはいわゆる鉄釉なのですが意図的に漆黒にしている釉薬のようです。
黒く発色したものは天目釉とも呼ばれます。 

日本に最初の黒い焼物が現れたのは、縄文時代の黒色研磨土器だそう。
そして鎌倉期の天目釉、桃山の瀬戸黒、黒褐色釉へと。
漆黒釉陶器の出現は江戸時代中期頃まで下ります。

白い焼物へのあこがれは無論、黒もまた人を魅了する色。
光沢があり、整った形の漆黒釉は古びず、今の時代にも似合います。

特に切立形猪口の、漆黒の表情と形はとても美しい。
くわえて漆黒釉の猪口は、数も少ない大変希少なもの。
希少だから美しいというのではないですが、これまで残り、
ここにやって来てくれたという喜びはあります。
冬の夜、ひかる漆黒の盃はひときわ輝きを増すようです。

今後も漆黒釉の焼物は美濃に関わらず探し続けたい。


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美濃漆黒釉茶碗 幕末-明治 12.5cm径 × 7cm高 売約済み


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美濃漆黒釉徳利 幕末-明治 21.8cm高 売約済み


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「特別展 美濃漆黒釉のやきもの」より


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美濃漆黒釉猪口 江戸後期 8cm径 × 5.3cm










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「本田」
〒500-8068 岐阜市上太田町1-7
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T+F 058-264-2980
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6月の休業日|
8(木)、9(金)、15(木)、16(金)、 22(木)、23(金)、29(木)、30(金)




企画展 2017|

宮武 史郎 彫刻展
3月11日(土) – 3月22日(水) 


MAROBAYA 衣服展
4月28日(金) - 5月7日(日)



お問い合わせ|
keiichirouhonda@gmail.com